名古屋地方裁判所 平成2年(ワ)2971号 判決 1992年1月29日
原告
神利和
ほか二名
被告
藤井治千代
ほか一名
主文
一 被告らは、原告神利和に対し、各自金四二六四万六九三二円及びこれに対する昭和六二年五月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、原告神守に対し、各自金一八〇万円及びこれに対する昭和六二年五月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告らは、原告神智寿子に対し、各自金一八〇万円及びこれに対する昭和六二年五月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告らのその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は、これを五分し、その三を原告らの、その余を被告らの各負担とする。
六 この判決は、第一項につき仮に執行することできる。
事実及び理由
第一請求
一 被告らは、原告神利和(以下「原告利和」という。)に対し、各自一億〇九九八万二一八三円及びこれに対する昭和六二年五月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、原告神守(以下「原告守」という。)に対し、各自三〇〇万円及びこれに対する昭和六二年五月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告らは、原告神智寿子(以下「原告智寿子」という。)に対し、各自三〇〇万円及びこれに対する昭和六二年五月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告らが、左記一1の交通事故の発生を理由に、被告藤井治千代(以下「被告藤井」という。)に対し民法七〇九条に基づき、被告東岐運輸株式会社(以下「被告会社」という。)に対し自賠法三条、民法七一五条に基づき、損害賠償を請求する事案である。
一 争いのない事実
1 交通事故
(一) 日時 昭和六二年五月二二日午前三時三五分ころ
(二) 場所 愛知県犬山市大字塔野地字杉ノ山六七番地の一先道路上(国道四一号線)
(三) 加害車 被告藤井運転の大型貨物自動車
(四) 被害車 原告利和運転の普通乗用自動車
(五) 態様 原告利和が右道路の小牧市方面から可児市方面に向かう路線上に被害者を停止させていたところ、同一方向に走行してきた被告藤井運転の加害車がこれに追突した。
(六) 傷害 原告利和は、本件事故によつて、頭部外傷、脳脊髄挫傷、脊髄損傷、胸骨・鎖骨・頸椎骨折の傷害を受け、平成元年五月三一日の症状固定後は、自賠法施行令二条別表後遺障害等級表二級二号、五級二号、併合一級に該当する後遺障害が残つた。
2 責任原因
被告藤井は、加害車を運転し、自己の過失(ただし、過失の内容については争いがある。)により本件事故を発生させた者である。
一方、被告会社は、加害車を保有し、これを自己のために運行の用に供する者である。また、被告会社は、被告藤井の使用者であり、本件事故は、被告藤井が被告会社の業務を遂行中に発生したものである。
3 損害の填補
原告利和は、自賠責保険金二五〇〇万円を含めて、三七三四万四一七五円の支払を受けた。
二 争点
被告らは、本件事故による損害額を争う(ただし、後記のとおり、その一部は認める。)ほか、原告利和は、真夜中に、付近一帯に照明設備がないため非常に暗く、かつ、終日駐車禁止場所とされている国道四一号線の第一車線上の中央付近に無灯火で被害車を駐車させ、シートベルトも装着せずに仮眠していて、本件事故に遭つたものであるから、本件事故の発生についての責任の大部分は原告利和にあり、その過失割合は七〇パーセントとするのが相当である、と主張する。
これに対し、原告らは、本件事故現場付近の国道四一号線は直線道路であつて見通しが良く、また、原告利和は、路側帯の左端に被害車を停止させており、その際、灯火をつけていたのであるから、被告藤井が、制限速度を遵守し、先行車両との車間距離を十分に取つた上、前方を注視して走行していたならば、たとい深夜であつても容易に被害車を発見し、本件事故を回避し得たはずであつて、本件事故は被告藤井の重大な過失によつて発生したものであり、原告利和の過失割合は三〇パーセントを上回るものではない、と反論する。
第三争点に対する判断(書証の成立及び原本の存在・成立は、いずれも、当事者間に争いがないか、又は弁論の全趣旨によりこれを認める。)
一 損害額
1 治療費
治療費として総額八〇〇万四一〇五円を要したことは、当事者間に争いがない。
2 付添看護費
甲四、五、原告智寿子本人及び弁論の全趣旨によれば、原告利和は、本件事故による傷害のため、昭和六二年五月二二日から同年一一月二日まで医療法人松陽会松浦病院に(入院日数一六五日)、同日から昭和六三年四月三〇日まで愛知医科大学付属病院に(転院日である昭和六二年一一月二日を含まない入院日数一八〇日)、それぞれ入院し、同病院を退院後は、平成元年五月三一日に症状固定となるまで岐阜県立多治見病院に通院していた(通院期間三九六日、通院実日数一〇〇日)こと、原告利和は、右の入院期間を通じて付添看護を必要とし、又は付添看護が望ましい状態にあり、松浦病院においては職業付添人が、愛知医科大学付属病院においては原告利和の父母である原告守及び同智寿子らが、それぞれ原告利和に付き添つたこと、原告利和は、同病院を退院した後も、右傷害のため、衣服の着脱、食事、用便、入浴など日常生活のすべてにわたつて他人の看護が必要な状態にあつたこと、一方、原告智寿子は、本件事故当時、名古屋国税局に勤務しており、昭和六一年において六五〇万〇四八〇円(一日当たり約一万七八〇〇円)の収入を得ていたが、昭和六二年七月一〇日、原告利和を看護するため、名古屋国税局を退職したこと、以上の事実を認めることができる。
右の事実によれば、付添看護費としては、松浦病院入院中は職業付添人に支払つた費用(これが一六六万九四六〇円であることは、当時者間に争いがない。)が、また、愛知医科大学付属病院入院中も、右の職業付添人の付添費用と同程度の、一日当たり一万円の付添看護費(合計一八〇万円)が認められて然るべきである。更に、原告利和は、同病院を退院した後も常時他人の介護を要する状態にあつたから、症状固定までの期間についても介護料(付添看護費)が認められるべきであるが、その額は、後記6の将来の介護料に準じ、一日当たり四五〇〇円(合計一七八万二〇〇〇円)とするのが相当である。
したがつて、付添看護費の総額は、五二五万一四六〇円となる。
3 入院雑費
入院雑費は、一日当たり一〇〇〇円と認めるのが相当であるから、三四五日間で三四万五〇〇〇円となる。
4 通院交通費
甲七、原告智寿子本人及び弁論の全趣旨によれば、原告利和は、前記傷害のため、愛知医科大学付属病院退院後も独力で歩行をするのは困難な状態にあり、多治見病院への通院にはタクシーを使わざるを得なかつたこと、右通院のために要したタクシー代の総額は六七万八〇〇〇円を下らないことが認められる。
5 後遺障害による逸失利益
前記当事者間に争いのない事実、甲二、三及び原告智寿子本人によれば、原告利和には、平成元年五月三一日の症状固定後、自賠法施行令二条別表後遺障害等級表二級二号、五級二号、併合一級に該当する後遺障害が残り、そのため、両眼は視力がなく、四肢に運動障害・知覚障害があり、記憶力・記銘力も乏しく、衣服の着脱、食事、用便、入浴など日常生活のすべてにわたつて他人の介護が必要な状態にあることが認められる。してみると、原告利和は、右後遺障害により、症状固定の日から六七歳に達するまでの四三年間にわたり、その労働能力を一〇〇パーセント喪失したものと認めるべきである。
一方、甲六、原告智寿子本人及び弁論の全趣旨によれば、原告利和は、本件事故当時、岐阜経済大学経済学部第一部四年に在学していたが、本件事故のため休学し、その後復学の見込みがなくなつたので退学したことが認められるところ、原告利和は、本件事故に遭わなければ、右の四三年間、平成元年賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・新大卒二〇歳から二四歳までの平均年収額二七九万七二〇〇円を下回らない収入を得ることができたものと推認される。そこで、右の額を基礎とし、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、原告利和の逸失利益の本件事故当時における現価を算出すると、次の計算式のとおり、五九七七万四二〇五円となる。
279万7200円×(23.2307-1.8614)=5977万4205円(円未満切捨て)
6 将来の介護料
前記のとおり、原告利和は、本件事故による後遺障害のため、日常生活のすべてにわたつて他人の介護が必要な状態にあり、将来においても、この状態が著しく改善される見通しがあるとは認め難い。そこで、原告利和については、症状固定時以降、将来の介護料として一日当たり四五〇〇円を認めることとし、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、原告らの請求に係る六七歳までに要する原告利和の介護料の本件事故当時における原価を算出すると、次の計算式のとおり、三五〇九万九〇七五円となる。
4500円×365日×(23.2307-1.8614)=3509万9075円(円未満切捨て)
7 慰謝料
(一) 前記認定の原告利和の受傷の部位・程度、入通院期間、後遺障害の内容・程度等を考慮すると、原告利和に対する慰謝料として二〇〇〇万円を相当と認める。
(二) 原告智寿子本人及び弁論の全趣旨によれば、原告利和の父母である原告守及び同智寿子は、本件事故により原告利和が生涯にわたり他人の介護を必要とする身体となつたため、本件事故当時従事していた仕事も辞めて、原告利和の介護に明け暮れる生活を余儀なくされていることが認められる。してみると、原告守及び同智寿子に対しても、金銭をもつてその精神的苦痛を慰謝する必要があるというべきであり、その額は各三〇〇万円を相当と認める。
8 小計
(一) 原告利和 一億二九一五万一八四五円
(二) 原告守及び同智寿子 各三〇〇万円
二 過失相殺
1 甲一、八、乙一ないし八、一八、一九(枝番を含む。)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 本件事故現場は、中央分離帯で区分された片側二車線(方側幅員約八・四メートル、うち路側帯約一・二メートル)の国道四一号線上である。右道路は、歩車道の区別がなく、制限最高速度が時速六〇キロメートル、駐車禁止(終日)との規制がなされている。
(二) 本件事故現場は、直線道路であつて、前方の見通しは良いが、市街地から離れていて、付近一帯に照明設備がないため、夜間は非常に暗い所である。なお、本件事故当時の天候は、曇りであつた。
(三) 本件事故当時、本件事故現場は、交通量が少なく、閑散としていた。
(四) ところで、原告利和は、昭和六二年五月二二日午前三時三五分ころ、右道路の小牧市方面から可児市方面に向かう路線上に被害車を停止させ、シートを倒して休息ないし仮眠をとつていた。その際、被害車は、第一車線上の左端に、やや外側線をまたぐるような状態で停止しており、また、灯火をつけていなかつた。
(五) 一方、被告藤井は、右時刻ころ、加害車を運転して、同じく右道路の小牧市方面から可児市方面に向かう路線の第一車線を、先行する普通乗用自動車との間に三〇メートル程度の車間距離を保ちつつ、時速約七五キロメートルで走行し、本件事故現場付近に差しかかつた。なお、加害車の前照灯は、下向き(近目)にされていた。
(六) 被告藤井の先行車は、被害車の二十数メートル手前辺りで停止中の同車を発見し、右側の第二車線に進路を変更して、同車との衝突を回避した。
(七) しかし、被告藤井は、急に右に転把した先行車の動きに注意を奪われて被害車を発見するのが遅れ、その手前約一六・六メートルに至つてようやく同車の存在に気付き、急制動の措置をとるとともに右に転把したが、間に合わず、自車左前部を被害車右後部に衝突させた。
2 ところで、原告らは、右1(四)の認定に関連し、原告利和は、路側帯の左端に被害車を停止させており、その際、灯火をつけていた、と主張する。
なるほど、甲八の一、二によれば、本件事故現場付近に車両を停止させる場合には、道路(路側帯)左端に寄せて停止させるのが普通であると考えられるが、乙六によつて認められる加害車のスリツプ痕の状況、双方の車両の破損状況(衝突箇所)、車幅(加害車二・四九メートル、被害車一・六二メートル)等から見ると、本件事故当時、被害車の主要部分は第一車線上にあつたものと判断せざるを得ない。
また、灯火をつけていたか否かという点については、決定的な証拠はないものの、乙五によれば警察官が本件事故現場に到着した時点では灯火はついておらず、本件事故後、重傷を負つた原告利和はもとより、被告藤井など第三者が灯火を消した形跡も存しないこと、さきに認定したように、被告藤井の先行車を真近に至つて被害車を発見し急転把していることなどからすると、被害車は灯火をつけていなかつたものと推認される。
3 右1の事実によれば、本件事故現場は直線道路であつて前方の見通しは良かつたのであるから、被告藤井が十分に前方を注視して走行していたならば、夜間ではあつても、停止中の被害車を発見し、これとの衝突を回避することができたというべきであり(現に、さきに認定したとおり、ほぼ同一速度で走行していた被告藤井の先行車は、被害車を発見し、衝突を回避している。)、被告藤井には、前方の注視を怠り、進路の安全を確認しないで進行したという、基本的な注意義務の懈怠がある。
しかし、他方、原告利和においても、夜間で交通閑散であることに気を許し、幹線道路であり、駐車禁止規制のなされている国道四一号線の第一車線上に、しかも、付近一帯に照明設備がないため非常に暗い所であるにもかかわらず、無灯火で、被害車を停止させ、休息ないし仮眠をとつていたものであるから、本件事故の発生につき相当程度の原因を与えたといわなければならない。
4 そして、右に見た双方の過失を対比すると、過失相殺として、原告らの前記損害額からその四割を減するのが相当と考えられる。したがつて、被告らの賠償すべき損害額は、原告利和につき七七四九万一一〇七円、原告守及び同智寿子につき各一八〇万円となる。
三 損害の填補
原告利和が損害の填補として支払を受けた前記金員を控除すると、被告らが原告利和に対して賠償すべき損害額は、四〇一四万六九三二円となる。
四 弁護士費用
本件事故と相当因果関係のある弁護士費用合計額として、二五〇万円を相当と認める。なお、弁論の全趣旨によれば、右弁護士費用は、全額原告利和において支払うことを約したものと認められる。
五 結論
以上によれば、原告らの本訴請求は、本件事故の後である昭和六二年五月二三日から支払済みまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金を含め、主文第一ないし第三項に記載の金員の支払を求める限度でそれぞれ理由がある。
(裁判官 河邉義典)